会話はキャッチボールとかいうけど、なんかそれ、違う気がする。

image

しっくりこないよねー。

キャッチボールって、おんなじボールが、手から手へ、いったりきたり…。

うーん。

それってなに?

社交辞令?って感じ?

例えば、

大きなスケッチブックがあって、それをまずは、一枚、千切って相手に渡す。

お小遣い貯めて買ったスケッチブック…大事にしまっておいたのに…あげちゃった。

あーあ。

と、わたしは思いつつ、反応を伺う。

“相手がその一枚の紙をどうするか”

それによって会話が始まるかどうかが決まる。

何かを描くかな?

鉛筆?

クレヨン?

絵の具?

スタンプ?

墨?

土?

油?

水?

それとも破るかな?

折るかな?

綺麗に切り取るかな?

もしかしたらグジャグシャにして投げ捨ててしまうかな?

わたしが渡した一枚の大切な紙がどんな形で返ってくるか。

描かれたものにどんどん書き足すようにして会話が膨らむかもしれない。

当たり前だったはずの形が変わっていくように新しいことに気付せる会話ができるかもしれない。

グジャグシャにされて捨てられたものを負けじと拾い集めて我武者羅になるように、会話が熱くなるかもしれない。

それはその時次第。

もしかしたら、どんな風に返ってきても退屈に感じるかもしれない。

紙は燃やされて返ってこないかもしれない。

だからね、

会話って、賭け事みたいに思う時がたまにある。

『こんなこと言って平気かな??』
ドキドキしながら試しに言ってみる。

自分自身を曝け出すこともそうだ。

賭け事に似てる。

思いもよらず会話が盛り上がったり、思いもよらず曝け出し合えたりしたら、儲けもん‼︎‼︎‼︎

負けることも、そこそこ多い。

だから人と会話するのは怖い。

…まあ、そんなこと何も考えず、大事なスケッチブックを膝の上に置いて隣同士座って、仲良くお絵描きや工作するような会話もあるけどね(*^^*)

負ける可能性が多くある中で、会話儲けする為には…

のうのうと生きてるだけじゃダメで、たくさん考えながら人生を体感するからこそ出せるものが閃くものが発見する点が変わってくる。

悩むことも時には必要だね。

その全てがスケッチブックでいうなら、画材集めだったり、器具集めだったり、折り紙の説明書だったり、グジャグシャにする勇気や思い切りだったり…そういうことなんだと思う。

自分1人じゃあ分かれないことを教えてくれるスケッチブックは偉大だ。

忘れないように、胸にしっかり留めておこうっ!



image

さあ、来週ど頭は、雨凛と音楽でスケッチブックを彩ろうじゃありませんか。

弾き語りとVJで、ディープでゆったりとした会話を愉しみましせう。

Speak Your Mind