「ねぇねぇ、あなたはゲ イ?レ ズ ビ ア ン?バ イ セ ク シ ャ ル?」と、わたしはいつも聞く

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たった今、この今まで気が付かなかった[生きにくさの原因]をひとつ、見付けたように思う。

まず今ここで、「書くべきか書かぬべきか」とPCの前で腕組みをする自分と戦う。

心拍数は少し早い・・・ような気がする。

よし

書こう。

題字にもある通り、わたしは友達(ただの知り合いや音楽仲間ではなく、プライベートまで親しく過ごす仲)になれた人間にきまって「同性愛について」の話題を持ち掛ける。

持ち掛け方は様々だ。

「同性を好きになったことある?」

「あの人ゲイなんだって!どう思う?!」

「レズビアンてどんな気持ちなのかな~?」

これは、自分ルールとしておこなっていたのではなく、完全に、
[癖]
だった。
(よくよく考えたら過去のわたしは必ずといっていいほど友達にこの話題を振っていたと、今になって気が付いたのだ。)

そして、男友達も女友達も、99%がこう答える。

「アリエナイ」

その答えを聞くたびに、違和感を覚えながらも、心の中で深く「そうだよね・・・。」と納得をしていた。
いや、するようにしていた。

実際は、彼等が否定をする理由なんぞ全くわからなかった。

ただ、その否定を聞くことで、「同性愛は普通のことじゃないんだ」と、自分に言い聞かせることをしていたのかもしれない。

そしてわたしは無意識に焦る。

「「友達から否定されたくないから、わたしのこの心の中のモヤモヤは消してしまわねば」」

と。

そう。

わたしは、同性愛賛成の人間なのだ。

・・・・[賛成]という言葉も違和感があるな・・。

同性愛はわたしにとって、「当たり前」であって、「普通」のこと、なんだ。

かといって・・・

過去に女性と恋愛をしたことはないのが現実。

「なぜわたしは男性と一緒にいようとするのだろう?」と、疑問に感じたことはあるし、男性のことを受け入れられないと感じたこともあったが、結局[恋愛関係]を持ったことがあるのは男性だけだ。

だが、女性に対して普通以上の魅力を感じたことがある。

もしかしたらあの感情は恋心だったのかもしれないが、発展しなかったのは、わたしの中の「嫌われたくない」という気持ちが恐らく先行していたのだろう。

さっきも書いた通り、99%の人間が同性愛を「アリエナイ」と考えるのだ。

もしも女の子に恋をしたら嫌われてしまう・・・その危険性を恐れ、[癖]のように同性愛についての話題を持ち掛け、確認作業をおこない、無意識のうちに自分で自分を世間一般の言う[正しい道]に戻そうとしていたのだと思う。

つまるところ、わたしの場合はおそらくバイセクシャルなのではないかと思う。

どっちも好き!という感覚よりは、性別の壁が人よりも遥かに薄い、という感覚に近い。

(こじつけのように)思い返せばわたしをバイセクシャルだと思わせる小さいポイントはいくつもあった。

例えば・・・

基本的に人から触られるのが苦手なこと。
男性だとしても女性だとしても、妙な緊張感が走るから。

彼氏とか彼女という言葉がしっくりこないこと。
区別の意が強すぎて違和感があり、恋人という言葉を選ぶ。

バイセクシャルをテーマにした番組にハマっていたり。

女性の前だとオラオラ男らしく振舞ったり。

男女の友情があると信じれるところもかな。
これは、たくさんいるかもしれないけれど、他人の話を聞いていて、束縛だ常識だなんだで、理解不能になることが多々。
(上に書いた[性別の壁が薄い]というところだね)

男性の前でも平気で着替えたりするのも性別の壁が薄いからなのかなぁ。

あとあれね、酔っ払うと女の子を狙い撃ちにするとこねw

男も女も、興味がなければただのいち人間であり、男でも女でも興味があれば特別であり魅了されてしまうんだよなぁ。

あとは~

なぜかゲイやレズビアンやバイセクシャルの人に「アメリだから言うけど・・・」と、カミングアウトをされまくるところとかね!
(類は友をなんとかかんとか・・て!)

そんな方々曰く、わたしからはカミングアウトしても大丈夫そうなオーラがでているんだそうよ。

とはいえカミングアウトすることはある程度の決心を要したはずだから、嬉しいことだ!!!

・・・・どれも小さいことではあるが、兎に角、男性が男性に、女性が女性に、恋をするのはオカシイという常識が、昔から疑問でしかなかったのだ。

では、なぜ、今まで自分はノンケだと思って生きてきたかというのには、過去の実験が影響しているのであーる。

かれこれ5年ほど前・・

「わたし、当たり前のように男性とだけ恋愛をしてきたけれど、レズビアンじゃないのかなあ?」となんとなく疑問に思った時期があった。

長年無意識に溜めてきたモヤモヤが溢れたんだと思う。

そしてその疑問を解決するため、レズビアンが集まるパーティに参加した。

結果

グイグイと女の子に迫られ、拒絶反応が起き「やっぱりノンケなんだ」という答えに至った。

今日まで、ずっと、その答えを掲げていた。

なんかスッキリはしないけど、やっぱり男性が好きなんだなーーー!と確信をした・・・つもりだったが、それは間違いだったんだな!

よく考えたら、女じゃなく男だろうと、グイグイこられたらわたし引いちゃう性格なんだった。← 

あっはっは!

さて。

今日突然このブログを書くことになったのは、とあるレズビアン女性がきっかけだった。

同性結婚(日本ではまだ認められていないため、ハワイで結婚証明書を発行した)をしていて、過去の体験談や、現在の乗り越えるべき試練の話、仕事の話や、日本の同性愛者に対する姿勢など、色々なことを語っていた。

わたしは、涙が溢れ、つらい気持ちになった。

自分と違うから、マイノリティだから、と、異常扱いをする多くの日本人。

「なんでなんで・・・!」と、心の中で叫んだ。

意味不明の世界だったが、痛いほど意味が分かってしまう世界だった・・・。

だけど、

それとはまた別に、「うらやましい」という気持ちが自分の中にあることに気が付いた。

同性愛者ということは、なかなか世間には言い難いことだ。

それを堂々と話し、未来についても力強く語る姿がとても輝いて見えたのだ。

素晴らしい。

本当にキラキラしていて、その自分を曝け出して生きる姿を心底うらやましいと感じた。

人間には、色んな性質がある。

自分にとっての当たり前は、誰かにとっての当たり前ではないのだ。

セロリがダメだったり好きだったり、するでしょう!

しかし、どうしたって人間は、自分と異なるものを拒み否定したがる生き物らしい。

そりゃそうよ。
似たもの同士の方が安心するからね。

異質なものを理解する為の勇気も労力も持たないんだ。

だからこそ成り立つ組織や仕組みもあるかもしれないが、自分とは異なるものを拒み否定する常識が、いじめや自殺や鬱などを作りだしたりするんだとわたしは思う。

わたしが生きる、そして歌うにあたって、重きを置いている[[受け入れる]]ということや、

同時に、受け入れてもらえないもどかしさや哀しみのことや、

人をジャンルで分けたり、蔑んだり、否定することが嫌いだということや、

言葉を軽々しいと感じることが多々あるということや、

なぜこんなにも色々なことを全身で受け止め理解し飲み込みたいと願っているかということや、

そして、それがいかに困難で虚しい行動かということも・・・

もう全部の思考が!!

自分自身、周りの一般的な人間からしたら「アリエナイ」と思われてしまう性質で、簡単には受け入れてもらえない 側 の人間だからこそ、持っている思考なんだ!!!と気付いた!

見えない何かといつも戦ってるようなふわふわした感覚が気持ち悪かったのだが、バイセクシャルなのか、と思ったときに、や~~~っとスッキリ納得したよ。

同性愛者は、20人に1人はいるといわれている。

もしかしたら、身近にも隠していて苦しんでる人がいるかもしれない。

若しくは、嫌われたくないという気持ちから、本当の自分に気付かぬまま生きている人がいるかもしれない。

そう思ったら、このブログを書いていたんだよネ。

そしてきっと、テーマが違えば、「周りと違う」という悩みを持っている人は多いのではないかと思う。

人より何かができなかったり、許せる範囲が極端に狭かったり、狂ってるとかオカシイといわれる行動をしてしまったり、会話をするのが上手にできなかったり、家の外に出ることすら困難だったり。

実際、わたしは女性と本気で恋愛をしたことがなくてバイセクシャルかどうかの確証はないのだが・・だとしても!確実に一般的な考え方ではないことは分かった。

だからこそ、「周りと違う」と苦しむ人のことをわたしは受け入れたい。

「このブログを読んだ女友達に嫌われたらどうしよう・・・」とか今もわたしはPCの前でブルブル震えているけど、わたしがこの考えであり、この価値観なのはどうしようもないことだ!

隠すことに意味は感じない。

なかなか理解されるのは難しいかもしれないけどね。
わたしが同性愛反対の人の気持ちを理解できないのと同じだもんね。

でも、わたしはその意見はその意見として、否定したり嫌いになったりはしないわ。

思っている以上に、偏見や決めつけは多いです。

思っている以上に、受け入れるというのは大変なことです。

でもね、

思っている以上に、受け入れてもらえるというのは幸福なことなんです。

それがわかるから、わたしは、受け入れることができる人間になりたい・・・いや、絶対なって、同じように[なんだか生きにくい・・]と感じている人の支えや逃げ場や癒しになりたい。

やりきれない思いをしている人の吐き出しどころになりたい。

誰もかれも「助けてやるよ!」と言えるほど力はないかもしれないけど、わずかかもしれないけど、もしもわたしを頼って求めてくれる人がいるのならば、その人にとっての安心材料になれればいいな・・・・!と、心から想っています。

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その証明として、このブログを書いたんだと思います。

なんらかのショックを受けた方もいるかもしれませんね。

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でも

わたしは、受け入れたい。

受け入れてもらいたいとも思う。

そして、そんな器の大きく豊かな世界が【共通の当たり前】になることを願う。

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ほんの少しずつでいいから、ミンナの[[常識]]が変わってゆきますように。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。



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